「食育」、「食」に関するブログ。のはず。

by takeo-syokuiku

あるピチピチ栄養士のゆううつ。

金曜日~056.gif
水曜日に恐縮ながらお休みいただいたので(そば攻めの日ね)
今週は早かったー003.gif
ヨシノです040.gif


昨年末、食育課に1本の電話030.gif
市内小学校の教務主任の先生。
6年生45人にお弁当のお話をお願いします040.gif、というもの。
家庭科で栄養の勉強をしたから、もう1歩踏み込んで、
実際にお弁当を作ってみるそうで、
その前段としてのお弁当の話。
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      (※ヨシノが小食で偏食なムスメに初めて作った弁当。完食を知り、思わず涙。うれしかった・・・)


ピチピチ栄養士、ヤル気は1000%あるのだけど、
去年大学を卒業したての正真正銘のピチピチ。
栄養士という肩書きはあるけど、講話等の経験はゼロ。

その話が来てから、一日に30回ため息ついてます。(;-_-) =3ハァ・・・
子どもたちが飽きることなく聞いてくれる話・・・
彼女なりにいろいろ考えているようです。
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       (※時間ないときの焼き肉弁当。焼くだけ弁当。おにぎりは夫担当。)


さて。
弁当は、「好都合」「便利なこと」を意味する中国南宋時代の俗語「便當」が語源らしい。
でもさぁ~便當って・・食欲湧かんなぁ・・・'`,、('∀`) '`,、


日本では平安時代から弁当の習慣があるとのこと。
当時、おにぎりの起源となる「頓食(とんじき)」が食べられていた。

その後、江戸時代になり急増した旅行者が「腰弁当(腰にぶら下げるから)」を持ち歩き、能や歌舞伎の幕間に「幕の内弁当(幕の間に食べるから)」が食べられた。

明治時代には勤め人や学生が「腰弁当」とともに通勤し、学校へ行った。このころ、「駅弁(駅で販売されるから)」の販売スタート!

昭和に入るとアルマイト加工の弁当箱が人気となり、戦時中・戦後時代には「日の丸弁当」が一般化。

1970年から1980年代にはコンビニと電子レンジが普及し、手軽に買え、温かくして食べられるようになる。さらに、持ち帰り弁当専門店(通称:ホカ弁)が登場。スーパーの惣菜コーナーにも弁当が並ぶようになった。これらは、「弁当を持ち帰って食べる」という新しい流れを作り出した。

平成時代に入ると、地方にもコンビニが一般化し、温かい弁当が当たり前になると、駅弁でも化学反応を利用して加熱できるタイプのものが登場。空港での「空弁」もブームになる。

2005年(平成17年)頃からは、(主に母から子への)愛情弁当の「キャラ弁」が流行。

最近では不況の影響もあり、節約のために弁当持参をする人が増え、「弁当男子」という言葉が生まれた。


弁当の歴史、長っっっ!!!
そしておもしろぃ041.gif!!!


手作り弁当の良いところ034.gif
なんだろ?
やっぱり経済的!065.gifってのが一番かなぁ。
あと、内容を工夫することで栄養バランスもよくなるし、
ダイエットにもつながる。


ヨシノの母は、必ずお弁当を持たせてくれました。
とにかく弁当さえ持ってればすべてオッケー!的な(笑)
学生時代、休みの日の部活にも。
働き始めても。
結婚するまで休むことなく作ってくれました。
自分で作るようになって初めてその大変さ、ありがたさがわかる。
そしてそのお弁当のおいしかったこと!
母のお弁当はわたしが一生かかっても越えられない・・・
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       (※体調不良のとき、夫が作ったお弁当。夫、弁当男子。)



子どもたちにはしっかりピチピチの話を聞いてほしいなぁ001.gif
そしておいしいお弁当ができますように(○ `人´ ○) タノンマスー!




決戦は連休明けの火曜日047.gif
がんばれ!ピチピチ!!
では、またね。




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昔、好きな人にフラれて食欲なかったとき、
母の弁当、一面「梨」でした。
梨弁当。
これに救われた・・・。・゚・(*ノД`*)・゚・。
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by takeo-syokuiku | 2013-01-11 13:40 | はじめよう食育